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思考散逸

ネットの宇宙の片隅の論理と思考の実験劇場

ガンスリンガー・ガール ~人は与えられたものの中でしか生きられないから

少女に与えられたのは、大きな銃と小さな幸せ。   ~1巻帯より

 13年前、放送されたTVアニメーションの映像が美しくてずっと見ていた。
繊細な線で描かれたキャラクターの演技も精緻な筆遣いのイタリアの街並みもとても好きだった。

先月ちょうど暇があったので、原作単行本を全巻まとめて購入しておいた。
TVシリーズの続きがふと気になったのだ。

 

 

舞台は極右テロリストの抗争が深刻化するイタリア。
公益法人社会福祉公社は表向きは首相府主催の身障者支援団体、しかしその実体は重篤な障害者を改造し、条件付けと呼ばれる洗脳を施して子供の姿の殺し屋『義体』に仕立てた対テロリスト特殊機関で…というお話。
戦う少女の物語にありがちな都合よく甘ったるい夢などどこにもない。
そこにあるのは乾いた任務と、近い将来寿命で死ぬという現実。義体は薬物の副作用で長くは生きられない。
それでも義体たちは今を生きる。
本来の彼女たちにはそれすら望むことが許されなかったから。

 

物語の序盤では義体たちの普通の少女のような小さな幸せが丁寧に描かれる。
それは担当官と一緒に行う天体観測であったり、贈られるプレゼントであったり。
人を殺す任務の中の日常の中でのそんなささやかな幸せ。
やがてテロリストとの構想は激化していき、義体は少しづつ消耗して、いずれ避けられない終わりが近づく。
絶望に満ちた日々の中で、義体と担当官の関係性が少しずつ変化していくのが好きだ。

 

義体たちは条件付けによって担当官を絶対視している。
条件付けの強さは各担当官によって多少差はあるが、どんな個体でもそれは変わらない。
薬物で洗脳されて生まれた人工的な関係は、進行につれてどんどん変化し、縛られるだけのものではなくなっていく。


例えば緩い条件付けの為に担当官ヒルシャーとの関係に悩むトリエラは、過去を知ることで自分の意志で生きて戦う事を選択する。
変わるのは義体だけではない。
担当官マルコーに見捨てられたアンジェリカは義体の寿命を迎える前に失った記憶を取り戻し始める。それがマルコーの昔の情熱を蘇らせ、「もう誰も死なせない」という台詞につながる。
中にはヘンリエッタとジョゼのように悲劇的な結末に至ることもあるが、それでも義体たちはそれぞれの担当官と任務を超えて互いに理解し、理解されて、そして死に至る。

世界には今も希望がありますよ  ~15巻帯より

 世界は戦うものたちの骸の上に希望を見出すのだけれど、彼女たちの希望もまた、誰かと心を分かち合えたことではないだろうか。
アニメ一期の最終話にも使われた第8話「歓びの歌」がベートーヴェンで締めくくられたことがラストの展開を予感させ、非常に暗示的だ。

よろこびの気持ちを声に出して合わせよ!
そうだ!この地上でたったひとりでも、
心を分かちあえる相手がいると言える者も共に和すのだ!!
抱擁しあおう何百万もの人々よ!
この接吻を全ての世に広げよう!        ~2巻p,77より

 

ヘンリエッタと同じく、事件の中心にいるジャンとジョゼの妹、エンリカ(Enrica)から名づけられたリコ。
ジャンから徹底して道具として扱われ、皮肉にもそれが安定と平穏につながっている従順なリコから出た初めての叛逆の言葉が「私のために生きて」だったのが切ない。

 

内容が非常にハードなガンアクションなのでたまには硬めの文体で。
2002年から10年かけて連載された物語ですが、イギリスのEU脱退決議があった今日、また違った視点で読んでも面白いです。


義体の子たちにはみんな思い入れがありますが一番好きなのはペトルーシュカ。とことん前向きで一生懸命でかわいい。

人間に憧れる人形から名づけられた彼女が一番人間らしく生き生きとしているのがなんとも言えません。
ぺトラとサンドロとの関係は重苦しい展開が続く中での一種の清涼剤として効いています。
晴耕雨読の生活を愛するクラエスも好きです。
「私がサミシイかどうかは私が決めるの」は一人約束を守り続けた彼女らしい名台詞。