思考散逸

ネットの宇宙の片隅の論理と思考の実験劇場

すべての生命は星から生まれた

わー、なんかFFみたいだ。
熱でも出たんじゃないかってタイトルです。どうした自分。
実際風邪ひいてるんですが。

 

最近忙しくてなかなか行けませんが、上野で博物館巡りをするのが好きです。
上野といえば外せないポイントの一つが国立科学博物館。一日中いても飽きない場所です。
その中に「シアター36○」という全球型映像施設があります。
元々は愛・地球博で「地球の部屋」として展示されたものが移設されたものだそうです。なかなかに迫力ある映像が楽しめますので見学の際は是非。

 

何年か前に訪れた際、いつものようにシアター36○に立ち寄りました。
そこで見た「宇宙137億年の旅–すべては星から生まれた–」というプログラムが今だに忘れられません。

宇宙の始まり、ビックバンから私たちの太陽が生まれるまでの映像が全球型スクリーンに投影されているさまは、これがCGであって実際の映像ではないということとを差し引いても非常に衝撃的なものでした。
一番衝撃を受けたのは、「すべての恒星は核融合炉である」ということです。

 

宇宙の始まりには素粒子から生まれた水素やヘリウムなど軽い元素しかありませんでした。
軽い原子同士が凝集して最初の星が作られ、恒星内部で核融合が起こることによって徐々に重い原子が生まれ、最期に超新星爆発を起こしてさらに重い金属などの原子が生み出され…
そして最初の星で生まれた原子は宇宙に飛び出してまた新たな星を作るらしいのです。
だから、地球にある物質全て、地球に存在するあらゆる生命を形作る原子の「すべては星から生まれた」らしいのです。

 

ブログでも何度か繰り返していますが私は無神論者であり、すべてのスピリチュアルを否定する立場でもあります。
当然生まれ変わりも死後の世界も否定しますが、このとき輪廻というものが腑に落ちた気がしました。
私の体を形作るものは、過去に宇宙のどこかで、知らない星によって生まれたものなのです。
同時に、過去に何か他の物質だったものであり、未来に何かを形作るものなのです。

 

シアター36○と並び、科学博物館で好きな展示が地球館1Fの系統広場です。
生命の多様性な分岐を系統樹と標本であらわしたもので、床面LEDで描かれた系統の流れを何度もたどってみるのが好きです。
与えられた条件が一つ違うだけで、私は違う生命として生まれていたかもしれない。頭索動物だったかもしれないし、棘皮動物だったかもしれない。そんなことを考えます。
今ここに存在する自分は偶然の産物ではないのか。
宇宙の誕生から137億年かけて偶然の繰り返しの果てに己という存在にたどり着いたのではないかと。

 

そして、ただそこにあるだけで十分に神秘的な宇宙と、科学を日夜研究する人たちに畏敬の念を抱くのです。

本日6月13日は「はやぶさの日」、小惑星探査機はやぶさが60億㎞の距離を7年かけて波乱万丈の探査の旅を行い、地球に帰還した日です。

 

シアター36○の上映スケジュールはこちらで。宇宙137億年の旅は現在でも上映されているようです。

www.kahaku.go.jp

 

大変だ。高尚なふいんきすぎる。逆裁6やらなきゃ。
あ、ゲームが低俗って意味じゃないですよ一応。真摯に情熱を傾けて作られるものにはすべて敬意を表するものであります。

(6/14追記.肝心な点が抜けていたのでこっそり追加と修正)