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思考散逸

ネットの宇宙の片隅の論理と思考の実験劇場

『大逆転裁判』を弁護する~本作は本当に失敗なのか?弁護側による反証 《後編》

提出期限は6/8と予告しましたが日付が変わってしまいました。

大分忘れたせっかくなので初めからリプレイして書こうと思ってたらまあ進まない。夏休みの宿題のようです。途中で諦めて第1話と第5話に絞り、2~4話は“章を選ぶ”でピンポイントにプレイしています。あとで間違いに気づいたら修正を入れるかもしれません。

 

nyanmage00.hatenablog.com

 

 

nyanmage00.hatenablog.com

 

以前の記事はこれですがなにせ10か月前のエントリですのでうまくつながっていません。当初は旧作との比較を考えていましたが私の力量ではまとまらないので断念しました。
一応逆裁シリーズ1~5の総括的内容になっていますので参考までに。

またぐだぐだやっても終わらなくなるのが目に見えていますので今回はなるべく簡潔に進めます。
のっけからネタバレ全開ですのでこれから購入する予定の方は今すぐ回れ右でブラウザ閉じてください。


大逆転裁判とは何か

さて、逆裁シリーズのなかで『大逆転裁判』をどう位置づけるか。
プレイした方ならお分かりだと思いますが、主人公の性格もシナリオの方向性も逆裁1~5とは色合いが変わっています。スピンオフというより新タイトルと捉えたほうがしっくりきます。
以前のエントリで書いたように、大逆転裁判逆裁シリーズの続編でも番外編でもなく、一人の人間《成歩堂龍ノ介》がゼロから弁護士を目指し、体当たりで“弁護士に本当に必要な事”をつかみ取るまでの成長を描いたまったく新しいタイトルです。

新シリーズ『大逆転裁判』、ここには旧作で何度も取り上げられた《真実》《信頼》《正義》のフレーズが散りばめられています。同時にその裏に《偽証》《裏切り》《罪》のフレーズもあちこちに散見され、旧作に比べやや重苦しい雰囲気になっていることは否定できません。
大逆転裁判』の真価はこれらの相反するフレーズが見事に統合され一つの物語として完成していること。
ここから見える本作のテーマはなんでしょうか。
そう、これは“自分が何を為すべきか”をテーマにした新たな再生の物語なのです。

物語からみる大逆転裁判

船中で不慮の死を遂げた親友の遺志を継ぐ形で倫敦に向かった若き留学生成歩堂龍ノ介
まだ駆け出しで右も左もわからない彼はとんでもない事件に巻き込まれ、自分でも知らないうちに弁護士として致命的な《罪》を犯してしまいます。
倫敦で初めて依頼を受け、法廷に立つことになったメグンダル事件。それは《ねつ造された証拠》《買収された証人》など力と金に物を言わせた《偽証》だらけの“不当な裁判”でした。
無罪判決と引き換えに、成歩堂は大切なものを見失ってしまいます。


自分が信じるべきものに裏切られたとき、弁護士である自分は何に価値を見出せればいいのか。
「弁護士の価値はどれだけ依頼人を信じることができるか」
親友亜双義の残した言葉だけが頼りだった成歩堂は完全に迷路にはまり込んでしまいました。
彼の苦悩が始まります。その時、今まで疑問ですらなかった「“信じる”とはどういうことか」が新たな課題として浮かび上がってきます。
冒険とは道なき道を進むこと。今まで見えていた道を見失った今、本当の“成歩堂龍ノ介の冒険”はここから始まるのです。

 

再び依頼人を信じる事ができるのか、自分に弁護士の資格はあるのか。
悩む成歩堂の突破口を開くのはあのシャーロック・ホームズ
どうして見知らぬ東洋人の自分を信じてくれたのか、そう尋ねる成歩堂をホームズは笑います。

ボクはべつに…
キミの言葉を“信じた”つもりはないよ。

ボクが信じるのは、いつだって。
ボク自身だけ、だからね!

ボクにとって、なにが正しいか。
それを決めるのは、ボク自身だ。

 

その時初めて。成歩堂は亜双義の言葉の真の意味を知ることができました。
誰かを信じるという事は、自分自身を信じるということだ。

弁護士である自分は、孤独に助けを求める人の真実を《立証》し、依頼人のために全力で闘わねばならない。
成歩堂はそうココロを決めたのです。

そして迎えた最終話。
彼の目が迷うことはもはやありません。
依頼人を信じ、無実を立証するために成歩堂がとった選択肢は“メグンダル事件の不当性”を自ら認めること。
それこそが“弁護士に本当に必要な事”、犯した《罪》を過ちとして認め、償う意思を見せる“覚悟”でした。
同時にそれは、依頼人を守るためにあらゆる敵と戦うことも辞さない“覚悟”でもありました。


《依頼人を信じること》、それは事実から目を背け罪を隠すことではありません。
真実を立証したうえで犯した罪には正当な贖罪の機会を与え、新たな再生を促すこと。
それこそが成歩堂龍ノ介が“弁護士として為すべきこと”だったのです。

 

大逆転裁判、ゲームバランスからみるその問題点

ここで私も自分の《罪》について語らねばなりません。
何故こんなに『大逆転裁判』の続きが書けなかったのか。理由ははっきりしています。
私自身が事実から目を背け、嘘をついていたからです。

この美しい物語は文学や映像など、物語を鑑賞するジャンルであれば名作と言われたでしょう。
しかし双方向メディアであるゲームとしては片手落ちと言わざるを得ません。
物語の完成度に比べ、ゲームとして見た場合絶対的に必要であるカタルシス、「快感」に乏しいのです。

成歩堂が《弁護士》として活躍するシーンがどれぐらいあったか見てみましょう。
イントロダクションの1話で「異議あり!」と叫び弁護士として覚醒した彼は2話でいきなり拘束され、以後3話まで法廷に立つことはありません。
その3話も偽証のオンパレードによる出来レースで、成歩堂の活躍は到底期待できるものではなく、彼が再び活躍する法廷は4話。つまり、まともに法廷バトルが楽しめる話数は1話後半、4~5話の2.5本、シナリオ中半分しかないことになります。
プレイヤーにかかるストレスは相当なものです。
通常、こうした場合にはストレスに対する相応の報酬として強敵との対決と勝利が盛り込まれます。旧作逆裁であれば狩魔豪、美柳ちなみあたりでしょうか。しかし本作では最大の敵であるメグンダルが3話で退場してしまい、プレイヤーが直接鬱屈をぶつけることができません。
これらの条件の重なり合いが『大逆転裁判』の「シナリオとキャラは好きだけど諸手を挙げて“最高に面白い”とはいいがたい」微妙な評価につながっていると私は思います。

なんというか、非常に惜しい。もう少し、ほんの少しだけバランスが取れていれば本作は文句なしの名作と言われたことでしょう。

 

さらに本作を失敗とする評価の要因の一つに、次回作への過剰な伏線があげられます。
バンジークスの過去、オルゴールのメッセージなど、これらのシナリオ上必須でない伏線は全て省いてよいものだったのではないでしょうか。
もともと逆裁シリーズは携帯機で手軽に遊べる本格ミステリとして愛されてきた作品でもあります。壮大な長編も良いですが、昨今のゲーム開発期間を考えると次回作発売まで2年はかかります。新規タイトルとしては一本で完結する作品のほうがユーザーに受け入れやすかったのではないかと思われてなりません。

大逆転裁判』を弁護する~本作は本当に失敗なのか?弁護側による反証

さて、ここで本題の《本作は本当に失敗なのか?弁護側による反証》に戻ります。
弁護側としては本作がいくつかの点で完璧でないことは認めねばなりません。しかし、それは必ずしも失敗作であるということにはつながりません。

ではなぜ欠点について認めたのか。
ここまで美しく《信じること》を全力でまとめあげた本作に対し、「好きな作品だから」という理由で欠点から目を逸らすことはかえって冒涜に当たると考えたからです。
逆裁4でうまくまとめ上げることができなかった“弁護士として為すべきこと”、このテーマから逃げることなくここまでのシナリオに昇華した『大逆転裁判』はそれ自体が新たな再生の物語となり、いくつかの欠点を補って余りある説得力をもった作品に仕上がっています。
なにより、ここで本作を失敗として否定してしまえば、この物語の続きが永遠に見られなくなってしまう。それはあまりに惜しい。
粗削りながらも新たな再生に挑戦した『大逆転裁判』、弁護側としてはこの作品の《無罪判決》を強く主張するものであります。

 

…さて、大逆転裁判レビューいかがでしたでしょうか。
長らく引っ張っておいて何ですがあまりうまくはないです。が、ぎりぎり逆転裁判6発売に間に合ったのでよしとしておきます。


ところで、本日でブログ開設からちょうど一周年になりました。
途中あまりに書けなくて8か月以上挫折していたエントリが完結した事も、今日が逆転裁判6の発売日である事もなにやら因縁めいています。


私自身もここを一つの区切りとして新たに気を引き締め、少しずつでも書くことを続けていきたいと思っています。


自分が何を為すべきか、それは自分を信じること。

自分のために行う何かで誰かが幸せな顔になる、それをただ続けること。