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思考散逸

ネットの宇宙の片隅の論理と思考の実験劇場

荒川版アルスラーンに見る目的意識

銀の匙SilverSpoon13巻読了。 

銀の匙 Silver Spoon 13 (少年サンデーコミックス)

銀の匙 Silver Spoon 13 (少年サンデーコミックス)

 

作者の荒川弘が休業されていたとのことで、12巻以来8ヶ月ぶりの新刊らしい。

といっても、私が銀の匙を読み始めたのはつい1ヶ月前のことで、それまで他の荒川作品は全くといっていいほど読んだことがなかった。「鋼の錬金術師」がヒットしていた頃は人生のうち一番忙しかった時期で、つい読みそびれた。その後も忙しさにかまけてほぼ漫画というものを読まなくなり、単行本をそろえることなどなくなったまま、10年以上の時が過ぎた。

 

荒川作品に触れるきっかけになったのは、「アルスラーン戦記」だった。
最初「アルスラーン戦記がコミカライズされたらしい」と聞いた時は、耳を疑った。
アルスラーン戦記は、20年以上前、私がまだ学生だった頃読んでいた作品である。
当時「銀河英雄伝説」を読み終えた私に、友人が貸してくれたのが、同じ田中芳樹作の「アルスラーン戦記」だった。たしか1巻「王都炎上」から9巻「旌旗流転」まで、数週間で読み終えたと思う。
その時の正直な感想は「面白いけど、何か物足りないなあ・・・」というものだった。まだ若かった私は、なにが物足りないのかはっきり判らないまま、「うん、面白かったよ」と適当にごまかしながら本を返した記憶がある。

 

最近になって、小説アルスラーン最新巻「天鳴地動」まで読破する機会を得た。
そして、昔感じた「物足りなさ」の理由がわかった。
ドラマティックに進行する筋書きに対しての期待はあるのに、作中の誰にも感情移入できないまま、当時の私は9巻までを読み終えたのだ。

例えば、ヒロインの一人にエステルという人物がいる。
彼女は反目する敵陣営の騎士見習いで、アルスラーンと知り合い、心を通わせるという重要なキャラクターなのだが、彼女の出番はあまりに少ない。
そして、宗教上の理由から彼女はアルスラーンにただ反発し、自分の正義のために要求だけを通そうとし続ける。

「王都奪還」までで彼女のアルスラーンに対する好意がはっきりと読み取れるのは、傷病者を抱えて自国のルシタニア陣営に駆け込み、追い返された場面だけだったと思う。その時ですら、援助に感謝する、というニュアンスで、個人に対する想いなのか、パルス人陣営に対する感謝なのか、あやふやに書かれている。
いわゆる「ツンデレキャラ」という立ち位置のキャラクターなのだろうが、印象としてはツンしかない彼女が、弱者の救済のためとはいえ、やれ薬をよこせの王都にいきたいだの要求ばかり言っているのは、押し付けがましくて読み手の印象としてはあまり良いものにならない。
要するに、私はエステルがあまり好きになれなかった。
敵側のヒロインというポジションにいる彼女は、料理の仕方によってはもっと訴求力のある魅力的な存在になっただろうし、そうすれば、二部以降の展開にさらに説得力を持たせることもできただろうと思う。

同じことを側近ダリューンにも感じた。
1巻での彼のスタンスは、「伯父ヴァフリーズの遺言に従って、あまり面識のないアルスラーンに仕える」ものだったが、二部の時点では「アルスラーンが褒められると自分まで得意げな顔をする」ところまでの好意を持ったものに変化している。
ナルサスやギーヴ、エラムといった他の諸将には、アルスラーンへの感情の変化がそれなりの頻度で書き込んであるのに、ダリューンにはそれが非常に少ないので、忠誠の理由が「生粋の武人だから」で終わってしまう。
悪い印象は無いが、やっぱり何の思い入れもできなかった。

「キャラクターに対してもっと感情移入できれば、この物語をもっと楽しめるのに」というのが、原作14巻までの「アルスラーン」の感想だった。

 

そうこうするうちに荒川版アルスラーンのTV放送が始まった。
正直あまり期待もないまま、話のタネになればいいかな、ぐらいの軽い気持ちで見始めた。
一話では、原作では魅力に乏しかったエステルが中心となって、かなり強引に物語を牽引する。
同じように、原作ではアトロパテネまで主人公と接点がなかったダリューンも、一話から積極的にアルスラーンに接触し、以降の「アルスラーン個人に忠実な側近」という性格により説得力がでている。
うまいなあ、と思った。自分が物足りないと思ったポイントを的確に付いてくる。
肉付けの方向性にもいろいろあるが、荒川版のキャラクターは「物語の展開に対する必然性」という点で一貫している。
原作では病弱な狂信者という印象が強いイノケンティス七世は「無邪気で無力な王」という性格がビジュアルによって一目でわかるようになり、ヒルメスとあまり印象に大差なかったギスカールは、真面目な苦労人だがより陰険に見えるようデザインされている。
これらのキャラクターを描いた人は、先の展開まで見据えた上で、はっきりと目的意識を持ってデザインし、物語を改変しているのだ。
この人の書いた物語を読んでみたいと思った。
荒川弘という漫画家に関心を持ったのはこの時だ。

 

最初は「アルスラーン」を読もうかと思ったのだが、今だ3巻までしか刊行されていないという事で、「銀の匙」を買って読んでみた。

面白かった。そして、見事だと思った。この人はすごい人だ。

本当は銀の匙について感想を書こうとしたのだけど、前置きが長くなってしまったので、ここでこのエントリは終わる。

 

荒川弘に対するラブレターみたいになってしまった。
次回こそは「銀の匙13巻」の感想を書こうと思う。

 

<7/02追記>

感想できました。よければお立ち寄りください。

〔読書〕 銀の匙SilverSpoon13巻感想 ~夢を実現するという事~ - 思考散逸